コラム

経験者が語るIT部門運営の秘訣

【第4回】
IT部門の「人材育成」における本質的なポイント

 読者の皆様は、「人材育成にきちんと取組めている」「人材が思ったように育っている」とお考えでしょうか?
 筆者は、長年IT部門の長を務めてきましたが、振り返りますと「育成そのものについての考え方が違っていたのでは?」「“指導と教育”、“研修と育成”を混同している?」など様々な気づきがありました。

 人材育成は、組織を維持しさらに発展していくために大変重要なミッションです。しかしながら、育成を進める上でカリキュラムや手法、計画に重点を置くことが多いものです。
 今回は手法や計画以前の問題として、筆者の体験から気づいたことや、人材育成を円滑に進めるための推進術・本質的なポイントをお話ししたいと思います。
 当たり前のことと感じるかもしれませんが、人材育成に取り組む上での整理として、ご参考にいただければ幸いです。

(1) 人材育成として推進した取り組み

 IT部門としてはSE(システムエンジニア)の育成が必要であり、以下のような取り組みを推進しました。

  • 個人・組織単位でのスキルの見える化・棚卸
  • 新たな技能やスキル、知識獲得を目的とした研修受講やOJTの推進
  • 新たな人材を投入し見識化させるために、様々なプロジェクトを体験させる
  • 展示会・セミナー等の外部イベントの参加、他企業との交流

(2) 人材育成における気づき

 人材育成を進める中で気づき、感じた事を5つ挙げてみたいと思います。

 1つ目としては、人材育成に関する全般での気づきです。
 例えば、直ぐに取り組むべき新たなトレンドのテーマがあった場合、下記のケースに直面しました。

  • そのテーマに対応できる人材はすぐには育たない
  • 研修を受けてもらってもすぐには思った効果がでない
  • それ相当の時間がかかる(2~5年スパン)
  • 社内だけではその道の先生となる精通者がいない

 また、自分自身を振り返ると冒頭で触れたように「教育と指導」「研修と育成」を混同していたように感じます。
 「指導」は今に対するアクションであり、「育成」は中長期で成長を促していくアクションです。また「教育」や「研修」は、「指導」や「育成」の手段であると考えます。

 簡単にまとめますと「人はすぐには育たないので、トレンドをキャッチして将来を予測して進めなければならない」という認識が十分でなかったと感じています。
 さらに、新しいトレンドになればなるほど社内に精通者はおらず、外部に先生を求めていく必要があると思いました。

 

 2つ目として、基礎的なスキルがある人ほど持っている技能・知識・見識を発揮しているようだ、という気づきです。
 スキルや技能の可視化を行った際、下記のようなギャップを感じました。

  • スキルや技能の指標数値は高いのに日常のミッションでは発揮しきれていないケース
  • 逆にスキルや技能の指標数値は高くないのに日常ミッションでの評価は高いケース

 その要因として「基礎的なスキルを身に着けるほど、持っている技能・知識・見識が発揮できているのでは?」「また吸収力も早いのでは?」と考えました。専門的な技能や見識を持っていても、相手目線で適切なやり取りができないと、その専門スキルが発揮しきれないと考えたのです。

 SE(システムエンジニア)は、お客様に対して「要望を聞いて分析して提案をキチンと伝えて意思疎通を図る」ことが必要です。そのためには、アサーティブコミュニケーション(円滑な対応力)、プレゼンテーション(伝える力)、デザインシンキング(潜在ニーズの掘起こし)、アルゴリズム/ロジカルシンキング(提案組立の力)等の基礎力が重要と考えます。

 

 3つ目は、スキル可視化の結果を参考に、IT戦略実行に必要な育成の一環として研修受講計画を立案し受講を推進した結果からの気づきです。

【研修の結果】

  • 研修受講率が思ったより高くない
  • 受講してもOJTとしては思うように進まず見識化には至らない

 さらに、様々なプロジェクトを体験してもらう事で人材育成につなげたいと思い、同様に推進しましたが、下記の様な結果となりました。

【プロジェクト体験による育成の結果】

  • 自分のミッションに追われて、期待した見識化に至らなかった
  • 人材育成として意図としたことを消化しきれずに終わった。もしくは、やらされ感があり思うような育成に繋がらなかった

 なぜ上記のような結果となったのか、原因について考察し、仮説を立ててみました。

  • 管理者と対象者に任せすぎていて濃度、粒度にバラツキがあるのでは?
  • 育成推進する管理者がその気になっていないのでは?
  • 管理者と対象者ともに、何故、何の為の育成か?どのように育成していくか?が明確になっておらず、合意形成が出来ていないのでは?

 つまり、人材育成について進める側と対象者が理解形成をしていないと、育成に関する取り組みについて優先度が低くなり、対象者任せのOJTとなってしまうと気づきました。

 

 4つ目は3つ目に類似していますが、推進する管理者側と人材育成の対象者の間で意思疎通が図れておらず、コミュニケーションが取り切れていないこと、またそのために一方的な育成推進になっているケースがあるのでは?という気づきです。
 これは、管理者と対象者の年代、世代の問題が潜んでいるように思います。

 

 5つ目、最後の気づきですが、ベンダーが開催するイベントでのラウンドテーブルへの参画や、他企業への見学や交流会への参加は効果がある、という気づきです。これらは参加対象者の声からも、大変刺激となり成長につながったと感じ、かつ効果的だと考えています。(これらの取組は対外試合と呼んでいました)

【参加対象者の声】

  • 他社でも同様の悩みを持っていることがわかった
  • 大変参考になり、目から鱗だった

(3) 人材育成の重要なポイント

①基礎的なビジネススキル向上の推進

 時間の経過とともにITトレンドや経営戦略は変化していくため、専門的なスキルを持つ人材はその変化に応じて育成していく必要があります。
 しかし、基礎的なビジネススキルはその変化による影響が少なく、専門的なスキルを発揮する上で日常的に育成に取り組んでいく必要があるものと考えます。
 具体的な例でSE(システムエンジニア)の育成を挙げると、SEはある意味において接客要素が必要ですので、基礎的なビジネススキルとして特にコミュニケーション力を磨く必要があります。

②意識変革に取り組む

 人材育成を進める管理者側、育成の対象者側ともに「人材育成」についてきちんと意識を高め、取り組みの目的を捉えてもらう必要があります。両者ともに人材育成についてその気になってもらう必要がある、ということです。
 最初に管理者の「人材育成」に対する育成が必要です。つまり、管理者が自身の育成についてその気になってもらう必要がありますので、管理者に対して人材育成についての研修を行い、意識変革に取り組む必要があります。管理者に対する意識変革は、その気になった管理者が人材育成をフォローアップしていくようにしていくことにつながります。
 また、対象者に人材育成の目的を持ってプロジェクトに参加してもらう場合は、該当のミッションだけでなく、人材育成の意図を管理者から対象者に対して説明・協議して、意識・認識を高めていく取組みが重要です。

③相手目線で育成に取り組む

 人材育成を推進する側である組織長や管理者が、自分の育ってきたやり方や成功体験を元にして、対象者に対して育成を進めてしまう事は避ける必要があります。例えば次のアクションです。

育成として避けるべきアクションの例
  • とりあえず自分でチャレンジし体験させるような育成
  • 先輩の背中を見て覚え、成長させていくような育成

 年代・世代が違うと意思疎通が図れないケースがありますので、自分と世代が違う事を留意して、相手目線で対象者と相談しながら進めていく必要があります。

④専門スキルは先を予測して育成を進める

 人はすぐには育たず、育成には時間を要します。そのため、専門的なスキルの育成を考える場合、中長期のビジネス戦略に加えて、ITトレンド情報や交流による他社動向の収集を行い、先を読んだIT戦略を立案しなければなりません。そのうえで、専門的な人材育成については少なくとも3年先を見据えた必要な人材像、組織増、それに沿った育成計画の検討が必要です。

(4) 最後に

 人材育成は、トレンドの先を読み、推進する側・対象者ともにその気になりそれぞれに適した内容で進めていく必要があると思います。
 その意味では大変奥が深いものだと感じています。

「人材育成」の土台づくりと応用・発展へ導く推進術

著者プロフィール

オフィスJOE

小林 譲 氏
Yuzuru Kobayashi

  • 1980年 富士通株式会社入社
  • 1985年 大日本スクリーン製造株式会社入社
    (現在の株式会社SCREENホールディングス)
  • 2009年 同、情報システムグループ グループ長
  • 2014年 SCREENホールディングス IT企画室長
  • 2015年 SCREENシステムサービス 代表取締役社長
  • 2019年 同、会長
  • 2020年 同、顧問(非常勤)
  • 2021年 同、顧問退任
  • 現 特定非営利活動法人 CIO Lounge 理事